チョコとビールのおいしいベルギーに住んでウン十年。
ガンバをかついで旅することの多い日々。
I'm sorry, it's only in japanese...

留学前に自分の演奏を録音したテープを

ヴィーラント師匠に送った。

そしたら筆無精で有名なヴィーラントから

フランス語で返事が来た。

フランス語の勉強を始めたばかりのわたしは

緊張しながら一字一句を辞書で調べて拝読した。

そこに、

「Je crois que vous pouvez entrer」

と書いてあった。

このcrois(原形はcroire)を辞書で調べたら、

「(神などを)信じる」とあった。

わたしは、ヴィーラントが神を信じるように、

「あなたが入学できることを信じる」とおっしゃっているのだから、

鼻血が出そうなほど「すごい!」と思った。

母に興奮して、「信じてるって!」と報告したほどである。

 

ベルギーに来て少ししたら、このcroisが、

多分、わかんないけどー、のような時に誰でもよく使う、

ただの「思うよ」だとわかり、

てへへ、と思った。

 

 

それをこの前なぜか思い出して夫に話したら、

夫もバロックヴァイオリンで留学する前に録音テープを送って

シギスヴァルト氏に返事をもらったそうだ。

その英語の返事に、

「I'm looking forward to working with you」とあり、

まだ勉強もしていないのに、もう一緒に働こうって言われちゃったよ!

と興奮し、

お母さんに「一緒に仕事するのを楽しみにしてるって!」と報告したそうだ。

今となれば、フランス語でも英語でも、働くという単語を

レッスンや家で練習すると言う時に、自分たちも使っているのだが。

 

それにしても、ドキドキの留学前にした、

ちょっとしょってる、幸せな勘違いだった。

そして、出会う前からもう似ていたのかねー、と

「割れ鍋にとじ蓋」の自分たちを大いに笑った。

 

 

 

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    わたしが留学して一年経った夏に、

    ヴィーラントがブルージュのコンクールで審査員をやると言うので、

    遊びに行った。

    そこで前年にチェンバロコンクールで一位を取った

    クリストフ・ルセに出会った。

    その年はガンバ奏者であるナネケというオランダ人の伴奏で来ていたのだ。

    ヴィーラントがふたりに紹介してくれて、

    その場でわたしもナネケの伴奏を弾いてみることになった。

    結局、いきなりコンクールで知らない同士が弾くのは無理と、

    ナネケの伴奏はしなかったが、

    クリストフが「パリ見物に来るなら、うちに泊めてあげるよ」

    と言ったのを真に受けて、本当にパリに遊びに行った。

     

    当時のクリストフのアパートはフランソワ・クープランが

    オルガニストをしていた教会のすぐ裏で、

    「18世紀には、あそこからカツラをかぶった

    クープランが出て来たんだよ!」

    と嬉しそうに言っていた。

     

    泊めてくれると言ったのは本当で、

    まさに寝る場所は提供してくれたが、

    わたしに付き合うことは全くなく、

    方向音痴のわたしは、どこへ行くにも毎日

    二等辺三角形の長い両辺をわざわざ歩いているようであったので、

    へとへとだった。

     

    そんなある日、一緒に一度弾いてみましょう、

    という時間を持った。

    バッハやフォルクレを弾いたと思うが、

    コンクールで一等賞の輝かしい略歴を持つ、

    わたしと同い年の彼はわたしに言った。

    「君は、音楽を理解していないね」

     

    そこでわたしは「なるほど」と思い、

    マラン・マレを片っ端から勉強しようと

    夏休み終わってすぐのヴィーラントのレッスンに

    まずは一曲持って行った。

    そして、「わたしは、音楽を理解していないそうなので、

    一から教えて下さい!」と言った。

    すると彼はわたしに、

    最初の出だしのフレーズはどこまで?と聞いた。

    それは考えるまでもなく一目瞭然、ここでしょ、

    というフレーズだったので、そう答えると、

    「ほら、かおりは音楽をちゃんと理解してるじゃない?」

    と言い、それだけだった。

    なんだか拍子抜けしたような、安心したような気持ちになったが、

    それでもその後片っ端からマレを持って行った。

     

    しかしその縁あってか、

    日本でコンサートをしようという企画を始める時に

    クリストフに電話してみたら

    行く!ということになり

    東京バロックトリオの立ち上げとなったのであるから、

    不思議なものである。

    そして、今でも時々彼と一緒に演奏すると、

    若い時にたくさん弾いて体得したアンサンブルの歩調が感じられ、

    大事な縁だったな、と思う訳である。

     

     

     

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      ある日、師ヴィーラントのお知り合いの家で

      生徒たちのプチ・コンサートがあった。

      試験の前に弾かせて下さる、という訳だ。

       

      わたしはその試験は弾かなかったのか、

      聴く側に回っていた。

      そうしたらヴィーラントがわたしに一緒に司会をやってくれない?

      と言うのだ。

      「知っての通り、僕は人前で話すのは恥ずかしいので、

      僕がマラン、と言うから、かおりはマレ、と言うとか」と。

      この漫才のぼけと突っ込みのような発想は何なのか?

       

      結局そんな漫才はしなかったが、実際ヴィーラントはシャイな人である。

      コンサートの後に、主催者などとあいさつしている時は

      背筋も伸びて〈巨匠〉の趣だが、

      数分であっという間に自分の弟子たちの方に戻って来て

      内輪受けのジョークなど言ってお酒を飲んでいる。

      そして、一番最後まで帰れないタイプだ。

       

      よこたみのる絵_0010.jpg

       

      また、ケーテンでの第一回ガンバコンクールの時のことである。

      主賓の審査員として招かれていた彼は、

      チェンバロの伴奏でソロのコンサートもする予定であった。

      しかし、なぜかチェンバロを運べない、ということで

      わたしに、デュエットのコンサートをするからおいでよ、

      とお呼びがかかった。

      コンクールも聞けるしラッキー、などと思ったわたしは

      自分では受ける度胸はなかったが、

      巨匠と一緒に弾くなら気楽だと、遠路はるばる出かけて行った。

       

      コンサートもコンクールも終わった時に、巨匠が胸の内を語ったところ、

      「こんなガンバ奏者ばかりのところで、

      無伴奏を弾くことを想像してごらんよ、くわばらくわばら」

       

      いざ弾けば素晴らしい演奏をするのに、

      意外なことであった。

       

      そんなシャイな彼は、人知れず生徒を大事にしていた。

      ある生徒は、最終試験間際にお父さんが亡くなり、

      卒業までいられないかもしれないという状況にあった。

      金銭的にも精神的にも、それどころではなかった。

      そんな中、ヴィーラントはその生徒に、

      試験は受けなくてもいいから、一緒にガンバを弾きにおいで

      とわざわざ電話をかけてくれ、

      家に招いてくれたのだ。

      それでヴィーラントの家に行ってガンバを弾いているうちに

      試験を受けてガンバを続ける勇気が出て来たそうだ。

       

      そんな逸話をたくさん持っている

      シャイで優しいヴィーラントの声を聞いていると、

      わたしなどは肩こりも治るほどである。

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