チョコとビールのおいしいベルギーに住んでウン十年。
ガンバをかついで旅することの多い日々。
I'm sorry, it's only in japanese...

チェンバロ奏者でありオルガニストであるロベール・コーネン氏は、

ユーモアの固まりのような人だった。

いつでも何か面白おかしく話していた。

リハーサルの最中や食事中はもちろんだが、

忘れられないのは、

日本に帰国する生徒を空港に送って行ったときのことである。

規定の重量をはるかにオーバーしたその生徒のスーツケースを

チェックインする時、厳しい顔の係の女性と話をしたのだが、

独特の話術を繰り広げ、

会話の最後には、ふたりで大きく笑い声をたてて意気投合しており、

超過料金無しで荷物を預けてしまったのにはびっくりした。

 

その昔、ラ・プティット・バンドの録音で、当時ソロを歌っていた

ルネ・ヤコブスの真似をしてロベール自ら高い声で歌い、

番外編のレコードを作ってしまったこともあった。

 

また、肝の据わった方でもあったと思う。

若い時に、必須であった軍隊での訓練期間中、

夜の出動訓練で門を出て、教官に全員右へ!と言われたのに、

ひとりで暗闇にまぎれて左に行き、

ビールを飲みにバーへ行ってしまい、

みんなと同じ頃にひょっこり帰った話など、してくれた。

 

また、チェンバロやガンバの試験の審査をしたとき、

時間にルーズなひとりの審査員が30分遅れて来た。

そしたら、その後2度とその人とは会う約束もしないし、

審査員も断ってしまった。

 

そのロベールは、外国から来る留学生のお世話を

とことんして下さった。

右も左もわからない生徒たちが、奥様のフランソワーズとロベールに

どれだけお世話になっただろう。

だれもベルギーに足を向けて寝るなよ、ってな感じである。

ひとりひとりが、ロベールにして頂いたいろいろな思い出を

たくさん持っていると思う。

 

そんな彼の身体の具合が悪いと言うので

お見舞いに伺った。

ニッポン代表、参りました!

と言いながら部屋に入ると、

ロベールは静かに座っていらっしゃったが、

またもや面白い昔話をいくつもして下さった。

癌の治療のせいで、食べても味がわからないんだよね、

とおっしゃったので、

ワインの美味しさや飲み方をロベールに教えて頂いたわたしは、

ちょっと悲しかったけれど、

心の中で、人生の終わって行き方をあなたに教わっていますよ、

とひとりごちた。

咳をしていたので、お医者さまがいらして、

わたしは、また来るね!と言って帰った。

その日の午後から意識不明となり、二日後に天に召されたそうだ。

 

ロベールと勉強した日本人の全員の話をした。

みんなそれぞれの場で、それぞれの活躍をしていると話し、

うんうんとうなずいておられた。

わたしの家族や楽器のことも、気にかけて下さった。

その数日前には、フランスから親しくしているお弟子さんが来、

チェンバロの行き先を請け負ってくれた。

 

そうやって、満足して逝かれたのかな、と思う。

ご家族から、とても穏やかに逝きました、

とご報告を頂いた。

 

ロベール、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

0
    | 音楽家 | comments(0) | - |

    巨匠レオンハルトは、一生のうちに一度しかマタイ受難曲は振らない、

    と決めていらっしゃったが、

    その一回の後数年して、

    オランダバッハ協会のために再度指揮して下さった。

    その記念すべき演奏会を聞きに行くべく、

    わたしはブリュッセルからオランダのハーレムという街に急いだ。

     

    ついでにと言っては何だが、

    夫(寺神戸亮)がコンサートマスターをするので、

    晩ご飯を待ち合わせて食べようと。

    わたしたちは、リハーサルが終わると、

    インド料理屋に行った。

    オケの他のメンバーたちは、オランダ人らしく皆お弁当持参である。

    それで、外に食べに行ったのは、わたしたちだけであった。

     

    さあ、食べ終わって本番まであと30分という

    ちょうどいい時間に店を出ると、コンサート会場である教会に戻った。

    すると、ドアが全部閉まっており、中から音が聞こえて来るではないか。

    関係者が、もう始まっているので入れない、と言う。

    ええ!ぼくは、弾くはずなんです、と夫はうろたえるし、

    わたしもなんで始まってしまったのか、わけがわからない。

    なんと、のんきなオットは、開始時間を1時間間違っていたのだ。

    どうりで休憩時間が短くて、みんなお弁当だったのだ。

     

    裏の入り口からようやく入れてもらった夫は、

    前半が終わるまで控え室でじーっと待つ羽目になった。

    まあ、自業自得である。

     

    コンサートマスターが戻ってこないので、

    オケのメンバーたちが泡食ったのは想像に難くない。

    だれが後半のソロのアリアを弾くのか!

    というのが一番のポイントだったそうだ。

    結局、一番若いヴァイオリニストがやってもいい、と言って、

    みんな胸を撫で下ろした。

    しかし前半終わって控え室に戻ったら夫が待っていたので、

    やれやれとその経緯をお互いに話したと言う訳だ。

     

    後半自分の席に座っている夫を見つけたレオンハルトは、

    にっこり微笑んで、何事もなかったかのように後半が始まった。

    わたしともう一人、日本からわざわざそのコンサートを聞きにいらした方は、

    前半を聞き逃した。

    コンサートが終わって、夫が別の控え室にいたレオンハルトのもとに

    お詫びに伺うと、微笑んだまま静かに

    「映画はおもしろかった?」

    とおっしゃった。

     

    いくらなんでも、夫もこのエピソードは忘れられないらしい。

    わたしは、一応仲良しのミネケのガンバソロを聞いてあげられたので、

    案外満足であった。

     

    さて、前に書いた時には見つけられなかった写真が出て来たので、

    ここに載せます。

     

    レオンハルト宅でのクイケン・クインテットのリハーサル風景。

    暗めの部屋で、よく楽譜が見えたことだ。

     

     

    翌日の朝食風景。

     

     

    玄関前で。

    奥にいらっしゃるのは、ご夫妻のお友だち。

     

     

    Vicenzaでリハーサル中。

     

     

    庭で思索中の巨匠。

    写真など撮っては申し訳ない、と気が引けて、遠目である。

     

     

     

     

     

     

     

    0
      | 音楽家 | comments(0) | - |

      あなたはアムステルダムのコンセルトヘボウの舞台の

      一番前に立ったことがありますか?

       

      わたしは

      舞台のいっちばん前で

      ガンバを弾いたことがある。

      あそこの舞台は高い。

      これが、清水の舞台から飛び降りるつもりってことか、

      と思った。

       

      20160227_1573698.jpg

       

      毎年コンセルトヘボウ・オーケストラによるマタイ受難曲は、

      指揮者が違うが、

      その年はマエストロ、イヴァン・フィッシャー氏だった。

      と言っても、豚に真珠のわたし(ぶたさん)は、

      どのくらい巨匠なのかよく知らなかったが。

       

      そのフィッシャー氏はわたしと初対面の挨拶で、

      「私もガンバを持っていますよ。オッセンブルンナー作です。

      最近は弾く時間がありませんが」

      とおっしゃって、わたしをうれしがらせて下さった。

      声も心地よい。

      しかし、その時の眼力のすごさ。

      でもその眼力には、なんとなく心を揺さぶられる

      大地、みたいなものが感じられ、ぶたさんのワタシにも分かる

      迫力だった。

       

      その年は、なんだかオケの後ろの方にわたしの席が設置され、

      ちょっと気楽だなあ、なんて思っていた。

      ところが、リハーサルが始まったら、

      フィッシャーさんは自分より前の

      ほとんど舞台から落っこちそうな位置に

      わたしのイスを持って行ってしまった。

      譜面台を置く場所もない。

      譜面いらないでしょ?と。

      ウイ、と言うしかない眼力。

       

      その清水の舞台のように高い場所に座って、譜面台もないと、

      わたしはどこを見たらいいんですか?と思う。

      ガンバ弾きはシャイなんだから。

      下を見るとわたしの足のもっと下にお客様の顔。

      下を見ても前を見ても恥ずかしい。

       

      それで、自分の左手をずっと見たまんま弾いた。

       

      リハーサルの時に、フィッシャーさんが、

      このコンサートを世界中の人に聴いてもらうんだから、

      世界中の一人一人の魂に響くように、心して演奏しましょう、

      と言っていて、素晴らしいコメントだと思ったが、

      思いがけない場所を設定されて頭が白くなっていたので、

      あまり聞こえていない頭で、

      それにしてもなぜ世界中?とぼんやり思った。

       

      そしたら、後から知ったが、ブルーレイか何かで録画したらしかった。

      それで、毎年テレビでも流れているらしい。

      いろいろな人に、

      あれ、かおりだよね?と言われるので、知ったのだ。

      みんな、多分かおりだろう、と思うのは、

      わたしが完璧に左手しか見ていないので、

      顔が正面を見なくて、本当のところはだれなのかな?と見えるらしい。

      親しい人には、わたしだから横向いちゃったんだね、とわかるらしい。

       

      眼力と高い舞台で、忘れられないマタイ受難曲になった。

       

       

       

       

       

       

      1
      | 音楽家 | comments(1) | - |
      i1.gif CALENDAR
      S M T W T F S
      1234567
      891011121314
      15161718192021
      22232425262728
      293031    
      << March 2020 >>

      f2.gif SELECTED ENTRIES
      f4.gif CATEGORIES
      f2.gif ARCHIVES
      f3.gif RECENT COMMENT
      i1.gif Special Thanks
        絵:よこたみのる
      
      f2.gif PROFILE
      f2.gif LINKS
      f4.gif モバイル
      qrcode