ブリュッセルの音楽院は、
日本の音楽大学を卒業して来ると、
レッスンしか受講科目がなかった。
今では、音楽史や図書館での調べ方など、
いろいろな分野の勉強ができるが、
わたしが留学したころはそういう授業が全くなかった。
コンサートで忙しいヴィーラントのレッスンなど、
時には一月に一度しかないこともあるのだから、
わたしは暇だった。
勢い、レッスンの日は一日中教室に張り付いていたし、
ヴィーラントがデン・ハーグに教えに行く日は、
一緒に車に乗せてもらって行き、これまた一日中張り付いていた。
ベルギーから近いコンサートにも全部一緒に連れて行ってもらった。
何しろ他に行くところも思いつかなかった。
そのころの学生は、都合がつかなくてレッスンに来れないとき、
連絡を入れるということはしなかった。
それで、わたしとヴィーラントは、
しばらくぼーっと来ない生徒を待った後、
カフェに出かけるのが常であった。
わたし自身のレッスンは朝一番である。
なぜかと言うと、お昼近くになるとヴィーラントはお腹がすいて来て、
そわそわするのである。
ランチの後は、お腹いっぱいで眠くなるのである。
そして夕方は、一日中教えたので疲れているのである。
朝一番に学校に行くと、ヴィーラントのセーターの匂いで
既に到着しているかどうかわかった。
一年中同じセーターなので、大好物のフリッツ(ポテトフライ)の匂いが
染み付いていたからだ。
ある日、その日も来ない生徒がいたので、
他にも生徒の来ないアンサンブルの先生も一緒に
いそいそとカフェに行った。
カフェに行くと、その二人はよくコースターで遊ぶ。
指の爪の側の方で飛ばして、空中でつかむ、という動作を繰り返し、
だんだん枚数を増やして行くのだ。
うまくいくと、ヒヒヒと、もろオッサン笑いをして、
延々とつまみなしで午後のビールを飲んでいた。
わたしが、つまらなそうな顔で見ていたら、
ヴィーラント先生はおっしゃった。
「音楽とは、子どもの遊びのようなものである」
わたしは半ばあきれて、
「へいへい、しかとメモしておきますよ」と言った。
そしたら彼も、嫌みっぽく
「かおりはいつか僕のことを本にでも書くんでしょ?」
と言ったが、わたしはそんな訳ないでしょ、と思った。
今、ブログに彼のことをいろいろ書く気になって、
ちょっとだけ当たってたな、と思う。
それと、音楽とは、子どもの遊び心が大事だというのは、
ほんとに本当だなと思う。